菅原天満宮

 

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菅原天満宮は菅原道真公を祭神とし、寛永(かんえい)年間(1624~44年)、この地が開発されたときに勧請(かんじょう)されました。

代々の言い伝えでは延喜(えんぎ)元年(901年)に菅原道真が大宰府へ左遷され淀川を船で下る途中、当地摂津の国、二重新家村(ふたえしんけむら)住民の出迎えを受けて上陸され、逆川(さかがわ:淀川の支流)の土堤から東を眺めて京の名残を惜しまれた由緒ある土地であるとされています。

そして菅原道真が上陸した淀川の岸を「牛まわし」と名付け菅公の遺跡として言い伝えられています。

「菅公ゆかりの地、牛まわし」と刻んだ碑が、正面石段の左下にあります。


 境内は一段高く、小丘陵になっています。

天保(てんぽう:1830~44年)の頃、時の代官築山蔵左門(ちくざんぞうざえもん)が「堤防崩壊禁止令」を出し、堤防の盛り土を命じました。

その名残が毎年9月9日(現在は10月25日)に境内に土を運ぶ行事となり、村民こぞって参加したそうです。

治水に挑む農民の生活が象徴された行事として伝えられており、現在も幼稚園児が天秤棒に砂を盛り、担いで石段を登る「砂持ち」の行事が行われています。

境内には、江戸時代の神燈や水鉢などがありますが、ひときわ目をひくのは樹齢約400年といわれている楠の大樹です。
高さ23.9メートル、幹周り4.6メートルで昭和43年10月1日指定の大阪市保存樹です。
現在の社殿は、昭和43年に再建されたものです。


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